Part 3 欧米の巨大財団における資産運用規程
真の「資産保全」とは
すなわち、これまでの議論からも明らかなように、資産の保全とは、名目的に元本を確保することではなく、資産の実質的な保全、すなわち「インフレに勝つ運用」をするということを意味するからです(スイスの銀行が基本ポリシーとして掲げる「資産保全」も、実質的な資産の保全のことを意味しています)。元本が確保されてもインフレに負けていては、資産が保全されたことにはなりません。そして、インフレに負けない運用をするためには、ある程度のリスクはあえてとらなければならないのです。
ですから、日本の公益法人の採用している、元本の確保ばかりを強調した資産運用規程を見ると、これは本当に公益活動のために資産を保全するというよりは、マスコミ沙汰や市民団体とのトラブルなどの「不祥事」を避けることの方が主な目的ではないかと勘ぐりたくなります。
正しい金融知識のある資産家なら、このような資産運用規程を定めている団体には決して寄付しないでしょう。そこに定められているのは「座して死を待つ」ごとき運用であり、これでは虎の子の寄付金がインフレにより目減りするのは明らかであるからです。
欧米の財団における資産運用規程
それでは、現代ポートフォリオ理論に即した運用を行っている欧米の助成財団等の非営利・公益団体では、どのような「資産運用規程」を定めているのでしょうか。
当然ながら、その資産運用規程に相当する文書の内容は、日本のそれとは全く異なっています。
一例として、イギリスの巨大な医療助成財団であるウェルカム・トラストの定款別表を見てみましょう。日本の公益法人等の資産運用規程とは、次のような根本的な違いあることが指摘できます。
まず、ウェルカム・トラストの定款では、投資の対象である「資産クラス」に対する制限がありません。
すなわち、ハイリスク、ローリスクにかかわりなく、どんな資産も投資・運用の対象として認められているのです。
何故なら、資産運用にとって重要なことは個々の投資に「リスクがあるかないか」ではないからです。リスクはどの資産にもあります。
重要なのは、リスクのある資産を適切に分散し、リスクの性質の異なる資産を組み合わせることにより、最適なアセット・アロケーションを構築することであると考えられているのです。
外部委託の重要性
次に、ウェルカム・トラストの定款では、投資運用の外部委託について詳細に定めています。
最適なアセット・アロケーションを構築する際に鍵となるのは、外部の投資運用者への委託であるからです。
欧米の巨大財団には、資産運用の専従者を雇う団体も少なくありませんが、それでも適切な資産配分には外部の専門家の手助けが必要となります。寄付金や義捐金を運用する非営利団体の場合は、「慎重投資原則」の基準が厳しいため、誠実で適切な外部委託先の選定は特に重要なことです。
ちなみに、運用の外部委託に関する内容は、日本の資産運用規程にはほとんど見られないようです。日本では金融機関がそのような委託を受けるための法律が未整備であり、その上、たまたま委託を受けたところが手数料稼ぎのために回転売買されるなどの被害がときたま伝えられていますので致し方のないことかも知れません。
しかしながら、信頼できる外部委託先のあるなしは運用結果に決定的に影響します。言うまでもなく、財団などの公益団体は資産運用の専門家集団ではなく、経理担当者以外に資産運用の専従スタッフを抱えることも、よほどの規模と資金力がない限り難しいからです。
投資の専門家でもない、忙しい経理担当者が運用を任された上、損失が出たら非難の矢面に立たされるというのでは、余りに酷というものでしょう。
適切な外部委託先があれば、政府による「公益法人の設立許可及び指導監督基準の運用指針」の文面を素朴に解釈してアルゼンチン国債を大量に買い込むといった過ちは、おそらくなかったと思われます(前記(注)を参照)。
アメリカにおける「慎重運用」とは
一方、アメリカでは、「統一プルーデント・インベスター法」、「統一公益資金慎重運用法」などが定められ、非営利組織や公益団体の資産運用について規定しています。これらの法律の基本的な思想は、現代の投資ポートフォリオ理論を前提としているという意味で、上記のウェルカム・トラストの定款と共通するものです。
上述のマッカーサー財団を始めとして、ロックフェラー財団、フォード財団などの高名な巨大助成財団が、これらの法律に従って資金を運用しています。その運用の詳細は当サイトの別の記事をご覧下さい。
ヘッジファンドなどを多用した彼らの資産運用が「慎重運用」であるとは、日本の常識からはにわかに信じがたいかも知れません。しかし、上述のマッカーサー財団に見られるように、専門家が適切なアセット・アロケーションを組むことによって、一見「ハイリスク」である投資も「慎重運用」となり得ます。
逆に、元本保証の商品を中心とした日本流の運用は、インフレに弱いことが明らかであり、慎重なものとは見なされない可能性が高いのは、これまでも述べた通りです。
公益活動の未来は資産運用にかかっている
日本では、最近、公益法人改革が行なわれ、財団法人、社団法人のあり方が大きく変わろうとしています。これに伴い、日本の公益法人でも、今後は、「アルゼンチン債の鬼っ子」である「資産運用規程」を見直す動きが出てくるでしょう。リスクをただ見えにくくしただけの「インフレに弱い運用」を改め、公益活動を永続的ならしめるための「本当の資産保全」へと果敢に挑戦する財団法人、社団法人がこれから増えていくことが期待されます。
もしそうでなければ、日本における公益活動は、時がたち、インフレが進行していくにつれて徐々に先細っていく以外にないでしょう。
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